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不思議な感覚(真実)(2011年03月06日)
あれほど嫌っていた空売りが、証券マンを辞めて苦にならないのは何故だろうか?
証券マンの頃は、どうして嫌だったのだろう?
もともとカタル君は、早くから日本の将来性に失望していました。
1989年に上京しますが、その頃は、「俺が食えなければ証券会社が倒産する。」と大見栄をきって上京したのです。それほど仕事に対し自信を持っていたのですね。でも上京して下がり続ける株を見て、失敗を重ねる自分の知識のなさに気づき勉強を始めます。その一環で証券アナリストの資格も取りました。しかしいくら勉強しても駄目でしたね。そうして下がり続ける株を見て、更に考えるわけです。
結論は、いくつかの日本独自のシステムが、市場経済と合わない現実を思い知らされるわけです。日本はあらゆる意味で米国とは違い、市場原理が働かない特異な体質の国です。それで多くの読者の人が、ご覧になったようにホームページ上での社会批判に繋がったわけです。日本はフェアではありません。公正・公平な社会ではないのです。ジャスミン革命は、要約すればインターネットによる情報革命ですね。海上保安庁の尖閣諸島の漁船ビデオ公開問題もウィキリークスの秘密情報暴露も、底辺に流れている真実の示唆は一緒です。
でも、どうかな?
二つの考え方があります。
真実が正しく、知らなければならないか?
真実を知らない方が、幸せではないか?
この年になって思うのです。仲間が楽しそうに釣りの話をしたりして人生を過ごしているわけです。その姿を見て何かしら違和感を覚えたのですが…。自分は戦い続けて、何か変わるのだろうか? 常にトップを追い求めることが幸せかどうか? 社会を自分の力で変えることが出来るのかどうか? 力の及ばないことに腹を立てていてもしょうがありません。
不思議ですね。メディアの放送の仕方に対し、最近では「これは少し違うな、でも彼らも大変だなぁ~。」と考えています。物事に正面から取り組む芸術の世界も大変でしょうね。多くの才能のある作家や画家などの芸術家が自殺をします。三島由紀夫の割腹自殺事件は、彼の市ヶ谷駐屯地での演説が放映され、僕が中学生だったので非常に印象に残っています。それから彼の作品をいろいろ読みましたね。「楯の会」の存在をしったり…みんな真剣なのですね。自分自身に妥協しないで、一所懸命に生きているのです。
最近、妻が介護の世界に行くようになって、彼女の日常を聴く機会があります。彼女はディケアの担当で痴呆症の介護をしています。現役時代は野村証券の役員、東大の教授とストレスを抱えた社会的には立派だった人達が来るのだそうです。証券界では成功して多くの人が現役を離れます。僕の場合は失敗したのですが…現場で働き続けるのは過酷ですね。
僕は何故、会社を辞めたのだろう?
まだ結論は出ていませんが、自分自身の心との葛藤に耐えられなかったのですね。駄目だと思っている市場で、買いだけで儲けることはできません。日本の仕組みが自由に行動をさせてくれません。そのジレンマの中で、自分自身の主義主張を通すことに疲れたのでしょう。辞めて3か月経って、ようやく新しい生活にも馴染んできたかな? 相場を客観的にみれるようになったかな?
でも真実って…なんでしょうかね。